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見真の日 5月の法話

自らに「問い直す」ことの意義

みなさん、おはようございます。今日は、今年度最初の「見真の日」です。

見真の日は、本校における大切な宗教行事の一つです。今日は少し基本に立ち戻った話もしたいと思いますので、2・3年生の皆さんも、これまでの見真の日を振り返りながら聞いてください。

入学式は「一同合掌」で始まりました。1年生の皆さんの中には、驚いた人も多かったかもしれません。
同朋高校は、親鸞聖人の教えにもとづく真宗(浄土真宗)を建学の精神としています。

「見真」の「見」は“見る”、“真”は“真実”を意味します。つまり「見真」とは、真実を見るということです。

1年生は、同朋高校では初めての試みとして、京都の東本願寺(真宗本廟)でフレッシュマン合宿を行いました。
今年は、3年生が参加してきた上山研修も同時に実施されたため、フレッシュマン合宿第2団の皆さんは、3年生と一緒に参拝式に臨んだのではないかと思います。

その参拝式が行われた東本願寺の御影堂の正面にも、「見真」と記された額が掲げられていました。皆さんは気づいたでしょうか。
「見真」という言葉は、親鸞聖人が大切にされていたお経の一節に出てくる言葉で、「すべての迷いを離れ、真理を見わける心の眼」という意味をもつそうです。

親鸞聖人は、今からおよそ760年前の鎌倉時代、1262年11月28日に90年の生涯を閉じられました。
同朋高校では毎月、月命日の28日、あるいはその近くの日に、先生方のお話を通して自らを見つめ直す機会を設けています。それが「見真の日」です。

先週は中間考査がありました。あたりまえのことですが、全教科で100点満点を取る人でない限り、誰もがどこかで間違えます。解答用紙が返却され、各教科で解説を受けるなかで、自分には何が足りなかったのか、どこでつまずいたのかを見つめ直すことになるでしょう。

また、運動部に所属している皆さんは、ここまでにさまざまなクラブで高校総体の予選があったことと思います。多くのクラブで熱戦が繰り広げられているはずです。
しかし、これもまた当たり前のことですが、全国制覇を果たしたチームや選手以外のすべての高校生は、どこかで必ず負けを経験します。
その敗戦をきっかけにして、何が足りなかったのか、自分の取り組みに悔いはなかったのかと、自分自身に問い直す時間が生まれるはずです。

この、自らに「問い直す」ということは、とても大切です。問い直すからこそ、100点満点や全国制覇といった結果だけではない、自分にとっての「答え」に出会える可能性があるのだと思います。

今、目の前には体育大会が迫っています。準備ができるのは、今日と明日を含めてあと2日。木曜日には本番を迎えます。皆さんが準備してきた応援合戦も、何らかの形で結果が出るでしょう。
しかし、皆さんにとって本当に大切なのは、その結果だけではなく、そこに至るまでの自分たちの在り方を問い直し、その中で自分なりの「答え」を見つけていくことにあると、私は思います。
100人を超える仲間をまとめることは、決して簡単なことではありません。自分はどれだけの思いをそこに込めることができたのか。周りには、どれほど強いこだわりをもって頑張っている仲間がいたのか。その頑張っている人に孤独な思いをさせていなかったか。本当に寄り添うことができていたのか。自分の在り方はどうだったのか。

もし今、この瞬間に、そうした問いを自分自身に向けることができるなら、あと2日、まだ間に合います。最後の頑張りをしてください。そして、頑張っている誰かを支えるために、自分にできることをやり切って、本番当日を迎えてほしいと思います。

以上で、本日の感話とします。

校長 小堀 能任

本校は弘長2年(1262年)11月28日に入滅された宗祖親鸞聖人のご命日を縁として、毎月28日付近の1日を 「見真の日」 とし、有志生徒による勤行と学校長や教職員による法話・感話をおこなっています。
「見真」とは、大無量寿経に説かれる 「五眼讃」 の一句 「慧眼見真 能度彼岸(慧眼は真を見てよく彼岸に度す)」 を出典とし、真宗本廟(東本願寺)の御影堂正面に 「見真」の額が掲げられていること、また親鸞聖人の大師号 「見真大師」 に由来します。