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式辞・法話

見真の日 5月の感話

真実を見るということ

みなさん、おはようございます。今日は今年度最初の見真の日です。
見真の日とは、宗教行事の1つです。今日は担当教員より説明させていただきます。

入学式は「一同合掌」で始まって、驚いた1年生も多かったかもしれませんね。同朋高校は、浄土真宗という親鸞聖人の教えを建学の精神としています。
見真の「見」は見ると書きます。見真の「真」は真実の真です。真実を見ると書いて「見真」です。
3年生の皆さん、4月に訪れた、浄土真宗の本山である、東本願寺の御影堂正面にも、同じ言葉の額が、掲げられていたことに気づきましたか?
この言葉は、親鸞聖人が大切にされていた、お経の一節に出てくる言葉で、「すべての迷いを離れ、真理を見わける心の眼」という意味だそうです。

親鸞聖人は、今からおよそ760年前の鎌倉時代、1262年11月28日に、90年の生涯を閉じられました。
同朋高校では、毎月、月命日の28日、あるいはその近辺に、いろんな先生からお話をいただいて、自らを見つめ直す機会を設けています。それが、見真の日です。

親鸞聖人の生きた時代は、ちょうど貴族社会から武士社会の、鎌倉時代への転換期でした。
政治不安に加え、戦乱、大火事、疫病、飢餓、地震、津波、と厳しい状況を生きなければならない時代でした。
生きていくだけで必死の時代に、全ての人々が救われることを、親鸞聖人は求め続けました。

実は、親鸞聖人は修行中、自分がいつまで経っても悟りを開けない愚か者だと気づき、山を降りています。
そして、煩悩に縛られて、迷いや悩みから離れられない、そんな自分を受け入れて、阿弥陀仏(仏様)にすがろうとするものこそ、往生できるのだと悟りを開くのです。

先週体育大会が行われました。本当に素晴らしかったです。
きっとみなさんは、いろいろな思いをしていたことでしょう。
100人を超える群団をまとめるのに、1人悩んだり、時には仲間と衝突したり、苦しい時間を過ごした人もいたのではないでしょうか。
それでも、みんなが補い合って、助け合って、応援合戦を仕上げました。あの子がいてくれたから頑張れた・完成した、そう思った人もいたと思います。

そして、皆さんは気づいていたでしょうか?
応援席にいることなく、ずっと運営に携わってくれた人たちがいたことを。

勝負なので、誰かが勝てば誰かが負けます。そこで自分の頑張りや弱さに気づいたり、自分にはない他者の素晴らしさに触れたりしたことでしょう。
私は、「誰が」とか「どの群団が」とかではなく、本当に素直に、全員がすごい!と感動しました。

親鸞聖人は、さまざまな困難の中でも、「私が私である」ということを受け入れ、他者との差異(ちがい)を認めて、共に生きていこう、と呼びかけられました。
親鸞聖人の生きた時代は、ずっと昔ですが、その教えは、今を生きる私たちにも通じる、大事なことだと、私は感じます。

慌ただしい毎日ですが、「見真の日」は少し立ち止まって、自分と向き合う時間にしてもらいたいと思います。

今日は、今年度1回目ということで、親鸞聖人とその教えについて、紹介させていただきました。

教員 K

本校は弘長2年(1262年)11月28日に入滅された宗祖親鸞聖人のご命日を縁として、毎月28日付近の1日を 「見真の日」 とし、有志生徒による勤行と学校長や教職員による法話・感話をおこなっています。
「見真」とは、大無量寿経に説かれる 「五眼讃」 の一句 「慧眼見真 能度彼岸(慧眼は真を見てよく彼岸に度す)」 を出典とし、真宗本廟(東本願寺)の御影堂正面に 「見真」の額が掲げられていること、また親鸞聖人の大師号 「見真大師」 に由来します。