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式辞・法話

見真の日 2月の感話

他責の思考を乗り越える2つのこころみ

本日の感話を始めるにあたり、まずは卒業式がみなさんひとりひとりのおかげで素晴らしいものになったこと、この場を借りて感謝申し上げたいと思います。

卒業式などの学校行事に限らず、今後もみなさんは世の中のあらゆる場所で、人と人とが協力してさまざまなプロジェクトを動かしていくことに関わると思いますが、多くの人が関われば関わるほど、本当に細やかな対話と確認が必要です。
対話がうまく進まずに関係部署の間でぶつかったり、確認が足りずにトラブルが発生してしまったりといったことは、日常茶飯事です。
社会に出るとこうしたミスやトラブルに対してクレームがかえってきます。
クレームの現場では、言った側ももちろんイライラしているわけですが、言われた側も大きなストレスを感じます。
みんなが幸せになりたくて日々を過ごしているのに、何かを始めよう、動かそうとすると必ずこうしたイライラ・ストレスが発生します。
物事の問題に対して他者の責任ばかりを追及するやり方、「他責の思考」で、人が幸せになることはなかなかできません。
そこで、この「他責の思考」を乗り越えるための2つのこころみを紹介したいと思います。

1つ目は、「原因自分論」で考えるということです。
先ほど述べたミスやトラブルに対して、そのこと自体が良いとか悪いとかいった判断をせず、あくまで原因に目を向けてとらえなおすという思考方法です。
何か問題が起きたときに、「他人のせい」ではなく「自分に何ができたか」を考えることは、大変重要です。
そして自分の行動や考え方を見直すことで、状況を改善する力が自分にあることを認識することができます。
大事なことは、あくまで良い悪いの判断をすることが目的ではないので、他人の反応に振り回されず、心穏やかに物事と向き合うことができ、「自分は本当にダメだ」とか、自身を責めてしまうことも避けられると思います。
「原因自分論」で発想を転換することで、一つ、心を軽くすることができるかもしれません。

2つ目は、「GIVEの精神を持って行動する」ということです。
ここでいう「GIVE」とは、見返りを求めずに他者に価値を提供する行為のことをいいます。
贈り物をするというイメージだと、モノに縛られがちですが、物理的なプレゼントに限らず、時間、知識、サポートなど、さまざまな形で行え、小さなGIVEで言えば「ありがとうを伝えること」も立派なGIVEの行為です。
「他責の思考」では、「〇〇が悪い」「自分は間違っていない」から次のアクションに繋がることはあまり期待できません。
それよりも自分が一歩踏み出して、笑顔の種をまくことで人間関係を円滑にし、プロジェクトの成功に大きく近づくことができます。

考えてみれば、同朋三大行事のなかでも卒業式は特にこの「GIVEの精神」がいたるところに詰まっていると感じます。
語る人すら涙した迫真の在校生構成詩も、完成度の高い合唱曲も、会場全体を巻き込んだ在校生企画も、さまざまな部署で「卒業式を良いものにしたい」というGIVEの精神があるからこそ、あれほど人に感動を与えるものに仕上がっているのだと思います。
このように、自分より外に対して無償の気持ちで行われたアクションは、とても大きな力を持っているということです。

仏教の教えのなかに「縁起」という言葉があります。
縁起とは、すべての存在は他との関係性の中でのみ成り立っており、独立して存在するものは何一つないという教えです。
私たちが今ここに存在しているということ自体も、ご両親やご先祖様、あるいは社会や自然環境など、無数のご縁によって支えられています。
こうして考えてみると、他者の幸せを願って行動することは、結果的には巡り巡って自分の幸せにもつながっているということもできるのではないかと思っています。
「原因自分論」と「GIVEの精神」で物事と向き合い、みなさんが今よりももっと幸せになっていくことを期待しています。

最後に、卒業式の成功に際して、本当に多くの方々の関わり合いがあったことに感謝を述べたいと思います。
目に見えて分かっている範囲でも、柔道部、野球部、ラグビー部、女子バレー部、演劇部、放送部、写真部、合唱部、男子サッカー部、女子蹴球部など多くのクラブの協力をもらいました。
在校生と卒業生の実行委員のみなさんには、今年の卒業式第二部を1から創ることを担ってもらいました。
在校生合唱や在校生構成詩、在校生企画、メッセージ旗などでは、ひとりひとりが何らかのかたちで関わったはずです。
あの素晴らしい式に「ご縁」のあったすべての方々に対して感謝を伝え、本日の感話としたいと思います。

教員 K

本校は弘長2年(1262年)11月28日に入滅された宗祖親鸞聖人のご命日を縁として、毎月28日付近の1日を 「見真の日」 とし、有志生徒による勤行と学校長や教職員による法話・感話をおこなっています。
「見真」とは、大無量寿経に説かれる 「五眼讃」 の一句 「慧眼見真 能度彼岸(慧眼は真を見てよく彼岸に度す)」 を出典とし、真宗本廟(東本願寺)の御影堂正面に 「見真」の額が掲げられていること、また親鸞聖人の大師号 「見真大師」 に由来します。