Report33_東日本大震災支援活動


2011年7月22日から24日まで… 0泊3日のボランティアツアーに参加した生徒の記録

2011年3月11日 午後2時46分  東日本大震災発生

この日、本校は家庭学習日として生徒は自宅待機、教職員は学校で会議を行っていました。
そんな最中発生した東日本大震災。名古屋でも大きな揺れがしばらく続きました。
慌ててテレビを見ると、東北地方を中心とした大きな被害そして津波…。
一瞬にして街が飲み込まれていく様子が、リアルタイムで放映され続けていました。

「私たちにできることは何か?」

そう考えた生徒たちは、修了式の学校や街頭での募金活動に取り組みました。
「現地にボランティアとして活動できる日が来たら何かしたい…。」
多くの生徒がそう考えました。

2011年7月22日 牡鹿半島に向け…

東日本大震災直後から、東海中学校の久田氏を中心とした「愛知ボランティアセンター」が被災地に出向き活動を始められました。
この団体は、毎週末にバスをチャーターし被災地で活動をされています。
本校も愛知ボランティアセンター主催の活動に賛同し、6月に生徒有志第1陣が現地を訪問しました。
そして、7月22日には前回を上回る11名の生徒と3名の教職員とで現地を訪問しました。

18時00分
今回のボランティア活動に参加される方が、各地から続々と東別院(真宗大谷派名古屋別院)に集まります。
現在、東別院のお茶所に、愛知ボランティアセンターの活動拠点が置かれています。
ここで支援物資をバスやトラックに積み込みます。

19時30分
東別院を出発します。
伊勢湾岸道→東名高速→首都高速→東北道→三陸道を利用し石巻市へ向かう810㎞の旅。
約12時間バスにゆられて現地に向かいます。

2011年7月23日 寄磯小学校で炊き出しボランティア

8時00分
私たちを乗せたバスは、宮城県石巻市に到着しました。
バスが海岸線を走り出すと、景色は一変します。
一面ががれきの山…。
地震の爪痕が、生々しく残っており、私たちは言葉を失いました。
ある小学校は、校庭の木が炭のようになっており、校舎も黒く焼けただれていました。
校舎の1階部分には、千羽鶴が掲げられています。

P1000140.JPG20110727 320.JPG20110727 342.JPG
DSC00655.JPGP1000139.JPGDSC00680.JPG
DSC00682.JPGDSC00683.JPGDSC00689.JPG
DSC00693.JPGDSC00694.JPGDSC00695.JPG

この小学校の裏手は山です。
地震直後、小学生たちの多くはこの山に逃げ無事だったようです。
しかし、子どもを迎えにきた何名もの保護者や、保護者の車で帰宅した子どもが津波にのみこまれ亡くなったそうです。

津波の被害を受けた地域を歩くと、倒壊した家屋、津波に流された建物の基礎、そして数十メートル流されたと思われる建物…。
改めて津波のすさまじさを思い知らされました。

石巻市立湊小学校に立ち寄ると、日本赤十字特別大使の藤原紀香さんに偶然お会いしました。

11時00分
私たちの今回の活動拠点である、石巻市立寄磯小学校に到着しました。
今回の活動内容は、牡鹿半島の皆さんに対して250食分の焼きそばの提供です。
水道は通っているのですが、ガスはまだ復旧していません。
名古屋から持参したプロパンガスを利用して、私たちは焼きそばの準備を始めました。

11時30分
ある参加者はキャベツを切り、ある参加者は豚肉を茹で…と各自与えられた準備をしていると、現地の方が私たちの前に並んでくださいました。
小さな子どもから、中高生、おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんとたくさんの方が来られます。
6月にボランティアとして寄磯小学校に来た私たちの仲間を見つけると、
「お兄ちゃんまた来たね!おいしいの頼むよ!」とおじさんが気さくに声をかけてくださいました。
手が空いた生徒は、小さな子どもたちと遊んでいます。
このために名古屋の明道町でシャボン玉や駄菓子を購入していきました。
「懐かしい」と喜んでくださる姿を見て、私たちも嬉しかったです。

DSC00704.JPGDSC00707.JPGDSC00708.JPG
P1000159.JPGP1000163.JPGP1000167.JPG
P1000168.JPGP1000172.JPGP1000178.JPG
P1000183.JPG20110727 369.JPG20110727 362.JPG
DSC00712.JPG20110727 363.JPG20110727 366.JPG
20110727 370.JPG20110727 371.JPGP1000170.JPG

13時43分
用意した焼きそば250食分の準備にも目途がついたころ、東北地方を震源に地震が発生しました。
私たちが活動した石巻では、震度4を観測したそうです。
屋外で作業をしていたのですが、慣れない私たちは想像を超える揺れにただただ驚くばかり…。
しかし、石巻の子どもたちは地震に慣れてしまったようで、「またか」という表情を浮かべていました。

小雨だった雨もだんだん本降りとなり、グラウンドで遊んでいた子どもたちも校舎に避難してきました。

私たちは、宮城の商業高校に通う女子生徒に出会いました。
彼女が通う高校も震災の被害に遭い、未だに学校が再開されていません。
現在は近くの高校を間借りし、5月下旬から授業に参加しているそうです。
高校3年生の彼女に、これからの進路について聞くと、
「就職先から高校に来る求人票は、石巻の会社からも仙台の会社からもほとんどない」とのことでした。
彼女は就職志望なのですが、県外に就職するわけにもいかず、どうしてよいのか分からないという表情を浮かべていました。


16時00分
寄磯小学校での活動を終え、愛知ボランティアセンターの活動拠点である湊小学校に私たちも戻ります。
その場にいた小学生・中学生・高校生と一緒に撮影した写真が表紙の写真です。
湊小学校で活動された皆さんと合流し、私たちはバスで名古屋へと戻りました。

2011年7月24日  ボランティアを終えて…

夜間はバス移動ということもあり、0泊3日のボランティアツアーもまもなく終了です。
一行を乗せたバスは、午前7時30分に名古屋の東別院に到着しました。
その後、全参加者と一緒に最後のミーティングを行いました。
本校からの参加者も、いろいろと考えることがあったことでしょう。
生徒たちの感想は、また後日紹介します。



東日本大震災支援活動参加者
 同朋高等学校生徒
  辻本有沙/大藪加奈子/網野初穂/水谷元貴/伊藤優子/石原慎也/近藤伸哉/鈴木葵/那須田祐太/山﨑敬介/竹内敬真
 同朋高等学校教職員
  北澤智子/松田浩史/嶋﨑雄一朗